インタビュー

【脱、タイパ・コスパ生活。】
Story 02:じっくり育てる幸せ。

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お名前有吉 麟太郎(ありよし りんたろう)
現在(←移住前)の職業ブドウ農家 ← (会社員(農業関係))
現在(←移住前)の住まい島根県大田市 ← (香川県)
移住を検討し始めた年齢30歳
移住年月2023年5月

プロフィール

国際協力機構 (JICA)で活動していた両親と幼少期をメキシコで過ごす。父親のIターン就農とともに大田市に住み始め、小学校から高校まで育つ。県外の大学の農学部で学び、卒業後は自身もJICAに参加し2年間ネパールへ。帰国後、会社員を経てUターン。

じっくり育てる幸せ

無駄なことは一つとしてなく、積み重ねが結果になる。それがブドウ農家・有吉麟太郎さんの感じる、農業の深さだ。実家は大田市にあるブドウ農園。一から開業した父親には「継がなくていい」と言われていたものの、有吉さん自身は農への志が高かったため、農業関連の企業に就職した。品種改良や農園開発などの業界で働く中、胸にはもどかしさがあったという。企業で優先されるのは、均質的な成果物、売り上げ、無駄の削減、投資家への説得材料。そのようなある種の“効率”は経営に重要だと分かってはいた。でも、それは「一つの実りを良いものにする」という農業の本質からは遠いのではないか。迷い悩む中、選択肢として挙がったのが自営農家だった。

自分の手で理想の「良いもの」を作るために

長く農業を続けるならと考えたとき、浮かんだのは実家でも育てているブドウ。品質の違いで評価が大きく変わり、技術と努力が報われる果物なので、挑戦する甲斐があると思ったそうだ。幼い頃に見た親の苦労も少なからず選択に影響している。「父母は人の何倍も働いていたのに経営がうまくいかない時期が続き、とても悔しかった。大人になったら自分が変えたい、そのために良いものを作るんだという思いが芽生え、原点になっています」

父親への相談

父親に就農の相談をしたところ、返事は「本気でやるなら帰ってきてもいい」。酪農関係の会社で働いていた妻の桃子さんも賛成し、大田市へのUターンを決めた。
農林大学校に行くなど就農準備の方法は他にもあったが、父親のもとで学ぶことに。「親子間での弟子入りや家族経営は、金銭面などが曖昧になりがち。学ぶのも経営するのも、親と子で別々の農家としてある方がいい」と定住財団の担当者やJAの職員らにアドバイスされ、「UIターンしまね産業体験制度」を利用し農業研修という形を選択した。その後は夫婦で独立開業。父親の農地の一部を継承して自分たちのハウスを作り、シャインマスカットや神紅を栽培している。

現在の暮らし

有吉さんの農園は、海に近く森や田畑も広がる豊かな地にあり、夫婦で島根のブランド品種「神紅」に挑戦している。妻の桃子さんの専門は酪農。全くの未経験である果樹栽培の世界に夫とともに飛び込み、イキイキと働いている。「農園でヤギを飼いたかったんですが、ブドウの木の皮を食べてしまうので難しいですね」と笑っていた。
経営はご両親と別になっているが作業場は共用し、いつでも相談できる環境だ。有吉さん曰く「父は背中で語るタイプ」。木や土の状態を判断するコツや、ハウス内の空気から必要なケアを知る方法など、言語化できないノウハウを実地で教えてくれている。
Uターン後、第一子の麒一郎くんが誕生。わが子の成長にも向き合う日々を送っている。

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https://www.kurashimanet.jp/people/beans/70/interview02.html

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このインタビュー記事の問合せ先

公益財団法人 ふるさと島根定住財団 UIターン推進課
TEL:0852-28-0690
HP:https://www.kurashimanet.jp/

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