インタビュー

【脱、タイパ・コスパ生活。】
Story 03:家族とゆとりある生活。

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  • 島根県

お名前大谷 歩紀(おおたに いぶき)
現在(←移住前)の職業会社員 ← (会社員)
現在(←移住前)の住まい島根県出雲市 ← (東京都)
移住を検討し始めた年齢24歳
移住年月2024年12月

プロフィール

出雲市出身。大学卒業後に東京で就職。都内の企業に勤める中で家族のこれからを考えるようになり、Uターン。現在は出雲市で家族と暮らしている。パッケージソフトの開発から販売、サポートまでを一貫して行うIT企業「株式会社シーエスエー」で顧客対応を担当。

家族とゆとりある生活

家族と一緒に過ごす、お気に入りの風景を見に行く、緑の中を歩き汗をかく……。大谷歩紀さんは、ふるさとでのゆったりとした日々を自分らしく楽しんでいる。
大谷さんは出雲市で育ち、大学進学を経て東京都で就職。入社1年目から本格的な業務を任された。「やりがいを感じていましたが、他の人と比べられることが多く、現実の厳しさを知る日々でした」と振り返る。仕事は徐々にハードになり、満員電車で出勤し終電で帰宅するのが日常に。時間も気持ちの面でもゆとりがなくなり、一人暮らしの住まいは寝るだけの場所になっていった。

ただしい東京から母と弟を思いUターン

就職して1年半ほど経ったころ、出雲にいる家族のことが気にかかるように。スポーツ少年の弟たちはそれぞれ中学・高校への入学を控え、進学先でもクラブ活動などに励むと意気込んでいた。「遠くの練習場や試合に行くことが増えて、送迎が大変になるから頑張らないとね」という母の言葉に、胸に芽生えたのは心配と「いつかはUターンを」という思いだった。そんな中、東京で開催された企業説明会に参加。そこで出会ったのが現在の職場である「株式会社シーエスエー」だ。大谷さんは社員の幸福を重視する社風に惹かれて就職を決め、Uターンの道筋を切り開いた。

幸せを感じる出雲での暮らし

出雲では家族との時間を大切に過ごしている。一緒に食卓を囲み、家事を分担。仕事は残業が少なく土日もしっかり休めるため、弟たちの送迎だけでなく、近くに住む祖父母のサポートも。遠くで心配するばかりだった家族を支えることは、大谷さんにとって安心や心のゆとりにつながっている。「大学進学から6年間実家を出ていました。離れていた期間の分できることをしてあげたいし、それが嬉しい。『ありがとう』の言葉が直接聞けたりいろいろな話ができるのも、一緒にいるからこそですね」
もともと体を動かすことが好きだったが、東京では忙しく満足に運動できなかった大谷さん。出雲では自分の健康に向き合う余裕が生まれ、近所の田園でウォーキングをしている。最近はスポーツジムに入会し、退勤後や休日だけでなく、早朝に一汗かいてから出勤することも。

やりがいを感じる出雲での暮らし

のびのびとできる環境で、仕事のやりがいやキャリア形成にも目を向けるようになった。大谷さんは個人的にIT関係の勉強を始め、今年は情報セキュリティ系の資格取得を目指している。「個人の思いが尊重され、成長を見守ってもらえる職場なのも大きいです。スキルアップして貢献したい気持ちが自然と芽生えました」
安心して自分のしたいことができているからだろうか、大谷さんは時間の流れがゆるやかだと感じている。「特に休日はとても長く感じます。朝少し体を動かしてから弟を車で送り、家事や勉強をして、夕方にまた弟を迎えに行って……」。そう語る顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。家族だけでなく、健やかな心身のあり方や、仕事のやりがいにも向き合い始めた大谷さん。慌ただしい都会で見失っていた大切なものを取り戻しながら、丁寧に人生を歩んでいる。

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https://www.kurashimanet.jp/people/beans/70/interview03.html

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公益財団法人 ふるさと島根定住財団 UIターン推進課
TEL:0852-28-0690
HP:https://www.kurashimanet.jp/

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