インタビュー

自分のやりたいことを仕事にしたかった

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お名前有島 義久(ありしま よしひさ)
現在(←移住前)の職業和菓子職人←水族館運営スタッフ
現在(←移住前)の住まい島根県出雲市←新潟県
移住を検討し始めた年齢25歳
移住年月2020年

移住のきっかけ

自分のやりたいことを仕事にしたかった
有島さんは生まれ育った新潟県で、水族館の運営スタッフとして働いていた。もともと、子どものころから魚の飼育が好きだったため、水族館への就職は夢が叶った瞬間でもあった。しかし、担当は魚の飼育ではなく、接客スタッフ。やりがいはあったものの、接客や事務仕事が苦手だった。そこで『自分は何がしたいのか?』と自問自答したところ『ものづくりがしたい』と思ったのだった。

有島さんの移住活動

目的が明確だったので迷わず移住への道筋がついた
和菓子職人になるため、日本三大和菓子処の京都・金沢・松江をターゲットにした。知人から、松江には独特の和菓子文化があることを聞き、「島根 和菓子」をインターネットで検索した。そこで働きながら学べる和菓子の技術専門校を見つけ、早速松江へ。専門校へ行き面接を受け、入学が決まった。

悩み期の暮らし

悩み
自分のしたい仕事内容ではなかった
有島義さんは生まれ育った新潟県で、水族館の運営スタッフとして働いていた。もともと、子どものころから魚の飼育が好きだったため、水族館への就職は夢が叶った瞬間でもあった。しかし、担当は魚の飼育ではなく、接客スタッフ。やりがいはあったものの、接客や事務仕事が苦手だった。そこで『自分は何がしたいのか?』と自問自答したところ『ものづくりがしたい』と思ったのだった。

移住の決め手

決め手①
「くらしまねっと」に登録し、和菓子店への就職が決まった
和菓子の技術専門校へ通う段取りが整ったが、新型コロナウイルス拡大の影響で休校となり、学校へ通うことはできなかった。しかし出雲市にある和菓子店への就職が決まり、移住することができた。
決め手②
出身の新潟県と島根の環境が似ていた
最初に島根を訪れたときに、緑もあり住み心地が良さそうな町だと感じた。地元の雰囲気にとても似ていた。

移住後の暮らし

レベルの高い和菓子店で新米職人としてコツコツ邁進
移住して約1年。出雲市の和菓子屋「福泉堂」で働いている。店は少数精鋭のため、初心者の有島さんでも豆から餡をつくる工程を手伝えたり、生地をつくる下準備なども行ったりしている。仕事がひと段落つくと、店長に教わりながら兄弟子と形成の練習なども。1年目にしては職人として多くの学びを得ている。また休日になると勉強がてら和菓子店巡りをしている。今はパン屋巡りに移行し、車で方々へ行きながら島根を満喫しているところだ。

 

▼詳細はこちら
https://www.kurashimanet.jp/people/beans/65/page01-2.html
▼動画はこちら
https://youtu.be/U6Op7-ZgEV4

このインタビュー記事の問合せ先

公益財団法人 ふるさと島根定住財団 UIターン推進課

TEL:0852-28-0690
HP:https://www.kurashimanet.jp/

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